コート越しに青峰の背中を見送る。対桐皇戦は、最後の一対一、青峰がファウルを犯し退場。黄瀬が青峰の模倣を殆ど完成させたその時、最も重要な得点源とされた人物が欠けたことは桐皇にとってかなりの痛手となり、海常高校が勝利した。
 待ちわびていた青峰との勝負での勝利。しかしその喜びよりも、青峰の背中ばかりが頭に引っ掛かり、試合終了後、不快に思われるとは思いつつ、青峰を呼び出した。
「負けた奴に話すことなんて何もないだろうが。何の用だよ」
 案の定、不機嫌な青峰が姿を表す。まだ呼び出しに応じてくれたことは救いだろうか。
 中学の頃、よく二人で立ったストリートバスケのコートで向かい合う。ボールを持っていない今、敵同士ではない。だというのに、青峰の視線は険しいものだった。
「いや……何を話そうと思ってたのか、自分でもあんまよくわかってないんス」
 後頭部を無造作に掻きながら、青峰の様子を窺った。片眉を上げて頬を引き攣らせているが、不満を口にする様子はない。だが、青峰が我慢できなくなるのも時間の問題だと思い、思考を巡らせて言葉を絞り出す。
「一対一、もう一回やらないっスか」
 試合最後の一対一は、青峰が判断ミスによってファウル判定を受けた。その上、同時に得点も決めたので、試合の結果同様、勝利したと言っても良い。それでも満足ではなかった。青峰は本来のプレイスタイルを出しきれていなかったから。しかし、青峰が退場してしまい、それを間近で見ることが、それと戦うことができなくなり、落胆した。本当にあの勝利は、青峰に勝ったのだと、胸を張って言えるものだろうか?
 そうして悩んだ結果、こうして再戦することしか思いつかなかった。話の種がなくなったのが七割、残りが前述の思考からではあるが。一対一の申し込みが喉を出た。
 しかし青峰は渋る。また情けない目に遭わせたいのか、と自嘲した。
「負けたよ。俺は」
 頭に手を置かれ、じわりと胸が痛む。
 憧れるのはやめる。そうは言ったものの、青峰のスタイルを尊敬していないわけではない。その思いのせいで、胸の内のどこか、やはり青峰に敗北を知って欲しくない、というのは残っていた。
 実際にこうして本人に言われてしまうと、息の一つもできない。まだ青峰が敗北したのだと、許せないでいる自分がいる。
「……青峰っちが負けるのは、俺じゃなくて、違う人が相手の時だと思ってたっス」
 脳裏に浮かんだのは、他でもない黒子たちの姿だ。
「バスケが心から楽しいって久々に思って、負けるのが悔しいって初めて思って……。青峰っちも、きっとあそこが相手ならそんな風に思ってくれると思って」
 立っているのも疲れ、近くのベンチに腰掛ける。長い間外気に晒されているためか、ベンチの塗装は殆ど剥げていた。手を付くと、ざらざらとした感触が手のひらを刺激する。
「バスケが楽しいって、青峰っちは思い出してくれたっスか?」
 青峰がキセキの世代として才能を開花させてしまった時。あまりの強さに戦意喪失した相手を目にする度、青峰がバスケから離れて行くのを知っていた。黒子といつも互いを尊重し合うように重ねていた拳も、いつしか黒子のそれが空を切るようになった様を、鮮明に覚えている。黄瀬も何度か憧れていたのだ。青峰と拳を合わせることを。だからこそ、黒子の拳が空しく宙に浮かぶのを見て、胸が締め付けられるような思いだった。
 もし、青峰に、以前までと同じほどバスケへの興味を湧かせることができたら。その時は拳を、黒子ではなく、自分と合わせてくれるだろうか。
 そう信じて問いかけたのだが、青峰は拳を突き合わせるどころか、返事すらしない。青峰自身の手のひらを見つめ続けている瞳が、虚空を睨むだけだ。
「確かにお前との一対一は、手を抜けなかった。でも違う」
 青峰は自分を超えるほど強い人物を探していた筈で、自分はそうなれた筈だったのに、違うのだという。下唇を噛むと、血液の味がした。
「お前は俺のコピーを使わないと俺に勝てなかった。だから俺は俺に負けたことに変わりないし、お前にはお前だけのものが無い」
 自分の模倣という特技が、今まで一部のプレイヤーに肯定されなかった理由でもある。それでも、それは自分だけに出来る技であったし、自分の持ち味だと自負していた。本人よりもレベルの高いものを完成させることだって、自分にはできるから。
 青峰もきっとそう理解してくれる。そんな考えが空虚となり、消える。青峰の中で、黄瀬涼太のものは黄瀬涼太のものではなく、青峰のものへと変わってしまった。
「それに……黄瀬もわかってるだろ。俺は全部出せなかった。確かにお前には負けたけど、勝てなかったわけじゃなくて」
 全て引き出せなかったのは俺の力がまだ及ばなかったからだ。そして青峰があの時ファウルを犯したから。
「お前とのバスケが、つまらない訳でもねえけど」
 吐き捨てるような青峰の声が、視線が、まだ駄目だと訴えている。
 苦し紛れに笑って見せると、青峰は俯き、目を逸らした。拳を握りしめ、ゆっくりと上げてみる。青峰が俯いたと同時に見えた頭部と拳が被り、何も見えなくなった。
「青峰っち」
 呼んでみる。どうやら顔は上げたようだったが、それでも拳と被ったままで、表情が見えない。
 これに応えてくれるだろうか。中学時代の黒子と青峰を思い出してみる。
 二人が拳を合わせる度、二人が笑い合う度に、羨ましかった。青峰を笑わせ、思うようにプレイできるよう、フォローできる黒子が。黒子から厚い信頼を寄せられる青峰が。拳を合わせる二人が。
 あんな風になりたかった。
「また一緒に、コートに立ちたいっス」
 青峰は答えない。ベンチに背を向けた。足音が遠ざかっていく。
 言葉の意味を、同じチームとして、という意味に受け取ったのか、また勝負したいという意味として受け取ったのかは判断できないが、どちらでも構わないと思う。どちらにせよ、青峰は肯定しなかった。ただ躊躇う様な息の漏れる音を聞いただけだ。視界が歪んで、青峰の背中も、自分の拳も霞んでしまう。
 何も感じることのなかった拳が、顔の上に落ちた。じっとりと濡れるような感覚がして、唇を噛み締める。
 次は、青峰とボールの感触を楽しむことができるだろうか。ドリブルの音で心を震わせることができるだろうか。
 本当は全てわかっていた。
 青峰と拳を合わせることができるのは、最初から最後まで黒子一人なのだろう。




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